■【優しさで引かれる線】公開
『LO booster buster』『Attいう間に、老いスター』連作の遠い未来の世界観をストーリーにしました。
【 優しさで引かれる線 】
遠い遠い未来の砂浜。
だけど、今と差程変わり映えのしない砂浜。
夕日の形も海から聞こえる波の音も僕らが生きている今と変わらない。
椅子に座り茫然と外を眺める人がいる。
一見、寂しげな印象を受けるが全てを包み込むような暖かな空気をその人には感じる。
【老いスター】
歳をとると、皆この姿に変わっていく。
そして、徐々に体は動かなくなり声も小さくなっていく。
いずれ長い眠りの中で亡くなった親やみんなと楽しく過ごすのだそうだ。
何も無い土地になった。
いや、朝になれば太陽が昇り夜になれば月が昇る。
暖かい時季には虫たちもいるし、
動物たちだって現代よりも生き生きとした姿をいたる所で見ることが出来る。
ただ人間だけは滅んだ世界。
残ったのは、夢を追ったロマンの遺物。
夕凪が訪れる、止むとわかる程の風が止む。
ロブスターな彼女はそんな遺物を脇に抱え、ズルズルと青いロブスターを引き摺り歩く。
体は雫で輝いていた。
人の去った土地で過ごす彼女らを簡単に呼称するのに
【生物】とするのは、味気ないだろう。
彼女らにも感情がある、意思がある。
生物学上明らかに違うのだが、それらを持つものを呼ぶ時に
我々人間は【人】と例える。
人間のいない世界で人の様な生き物は人なのだ。
意思こそが人なのである。
彼女は過去の人間たちの残した遺物の正しい使い方なんか知らない。
叩けば火が出るその筒を狩猟に使う。
今日は珍しく青いロブスターが捕れた。
祖母老いスターの好物だ。
『喜ぶ顔が見たい』
帰路を歩く彼女はそんな感情で満たされていた。
生き物として人類とは全く違う姿の彼女。
家に着けば彼女の帰りを待つ、牡蠣の顔をした祖母が座っている。
「おかえり」
表情は分かりづらいが細い声色でも『帰りの無事を喜ぶ』嬉しさが伝わってくる。
日は落ちて暗い夜空に秋の星が出ている。
まだ結ぶ人もいない星達は散らばったままだ。
老いスターがまだロブスターな姿の頃。
多くの人々がこの世界にいた。
そして、眠りの世界に憧れる者も多かった。
「好きだったあの人にまた会える。」
「苦しい思いをしなくても済む。」
そんな人たちに対して
「日頃人々に優しく接していれば、あちらの世界ではより楽しく過ごせる。」
「私の言う事を信じれば必ずいい眠りにつける。」と言い出す者もいた。
昔も今と同じ海を見ていた。
彼女の祖母もまた老いスター。
「この世界は、どうやら大きな球体で出来ているんだよ。」
遠くにある灘らかに湾曲する地平線。
二人で見ながら教えてもらった事が蘇る。
祖母はゆっくりと空を指差し
「長い眠りについて体が無くなると、人は星になるのよ。」
その優しい話し方が好きだった。
だからなのか、他の人々が慌ただしくしている姿に興味が湧かなかったのだろう。
老いスターの幸せは
『孫が元気に過ごしていてくれること』
ロブスターと呼ばれていた頃使っていた遺物を今では使いこなしてくれている。
「おかえり」
何度も繰り返した言葉、何度も繰り返したい言葉。
近頃、大きな声は出なくなってきていた。
窓の外には、星が出ている。
あの形は、この少し肌寒い夜に見る形。
孫にも昔教えた事がある。
覚えていてくれているだろうか。
ロブスターは帰ってくると今日あった出来事を嬉しそうに祖母に語る。
『今度は私があの子に伝えてあげよう。』
老いたら星になる。
遠い空からでも、あの子の姿を見ていられる。
見守るだけで、何か助けてあげられる訳ではないけれど。
『ただただ、あの子が無事に過ごしていてくれれば』
この【思い】は、何というのだろう?
願う
どうか、星になって遠い夜空に浮かんだら。
この星に、この想いを届けてほしい。
「この世界は何なんだ?」と訊かれたら「人々の意思の経過」であろう。
生まれ落ちて進化する他なく、時期が来たら滅びる。
無情で、無意味で、無機質で。
まっさらな長い紙をそんな機能だけの世界だとして、意思という物を一つの点としてみよう。
色は、好きなものを選ぶといい。
後からいくらでも変えていい。
『ひたすら真っ直ぐに線を引く者』『色を変えながら弾くように線を楽しむ者』
ひとたび街を見渡した時に【様々な思い】の無いところがあるだろうか?
ロブスターの幸せは『祖母と平穏な日常を過ごすこと』
今日も家路を歩く彼女の後ろには、
優しさに溢れる線が引かれていた。